どん底からの起死回生!地方の酒蔵に学ぶビジネス塾。秋田県八峰町山本合名会社 山本社長の話っこ。

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秋田県八峰町地域おこし協力隊の鈴木了です。
今日は、第3回しごと発掘塾でした。
地域でしごとを起こす意欲や町を元気にしたいという意欲がある人が集まり、起業創業、地域を元気にするアイディアを学ぶ会です。

前回のおらほの館笠原館長に続いて、お話してくれるのは、山本合名会社の山本社長です。
全国、海外と出張が多く忙しい社長ですが、主催の役場生涯学習課工藤課長のお声かけで、我々のためにお時間をつくっていただきました。

山本社長は、今や雑誌やテレビで取り上げられるほど人気がある、秋田の造る蔵元集団 「NEXT5」の一員でもあります。
未来の秋田の日本酒業界を牽引存在です。
話題性のあるイベント等を積極的に行っております。
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山本合名会社とは

銘酒・白瀑 山本合名会社の看板

まずは、山本合名会社について簡単に紹介します。

世界遺産・白神山地の天然湧水で育まれた米と水で醸される味わい深い銘酒

明治34年(1901年)創業の八峰町にある酒蔵です。
当時は、まだ八森村でした。

昭和7年からは、酒蔵から2キロ離れた湧き水を自家水道として引き込み、酒造りをしています。
当時は地元の人みんなで手掘りをして水道の引き込みをしたそうです。

手前の蔵人さんが持っているホースからは絶えず湧き水が出ています。

山本社長の話っこ(青春編)

ここからは、今日のお話を僕なりにまとめていきます。
話言葉が丁寧な山本社長の雰囲気が伝わるようにまとめていきます。

アメリカでアメリカ人のように暮らしたかった

私は、能代高校を卒業したあと、アメリカの大学に行ったんですね。
高校時代は、塾で外国人と生の英語で英会話を学んでいました。
アメリカでは、機械工学を専門に勉強していたんです。
当時は、アメリカに永住して、アメリカ人のように生活をしていくもんだとばっかり思っていました。
アメリカ人はみんな優しかったですよ。
キリスト教の影響が大きいんでしょうね、人に優しくすることや慈善活動、寄付活動が若い人にも根付いていました。
私がいたのは、カナダの近くのアメリカの北のほうの地域で、工業が盛んな地域でした。
車の会社に勤めている人が多く、大学の友達の親も有名な車の会社につてめている人が多かったですよ。
その当時は日本の車の会社に対するデモも起きていたので、日本人の顔なんて見たくもない人が多かっただろうけど、週末に友達の家にステイしに行くと、息子の友達ということで、日本人の私にもとっても優しくしてくれました。

強くなっていく大和魂

日本人が周りにいると、日本人だけで固まってコミュニティーを作ってしまうだろうと思っていたので、日本人がほとんどいない場所に行こうと思ったんです。
でも不思議なもんで、まわりに日本人がいなければいないほど、自分が日本人だということを強く意識してしまって、日に日に大和魂が芽生えていくんです。
自分が日本代表だという感じで。笑

とはいうものの、私はカナダの会社に内定をもらって、このまま海外で生活を続けていく予定でした。

日本の音楽業界との出会い

話は卒業の2年前に戻ります。
当時、アメリカでの大学生のアルバイトの時間は制限されていたので、3ヶ月ある夏休みは、東京に住む姉のところに居候して、日本で翻訳のアルバイトをしていたんです。
たまたま、音楽会社の翻訳の仕事が回ってきて、アルバイトの給料が少し働いただけで2万円だったことと、打ち上げで連れて行ってもらった高級焼肉に衝撃を受けました。
私のアメリカでのアルバイトの時給は4ドルとかでしたからね。

日本の音楽業界ってすごいんだなって、この時衝撃を受けたわけです。

運命を変えた卒業前の電話

そんな衝撃もありましたが、アメリカに戻って、あと少しで卒業だという時、2年前にお世話になった音楽業界の人から国際電話がかかってきたんです。
日本に戻ってくる時があったら遊びにおいでよって。
それで、日本に帰った時に、会いに行くと、電話をくれた人とその会社の社長さんがいて、なんだか面接のような感じになったんです。
当時、音楽業界が海外との交流が盛んになっていた時期で、英語が喋れて音楽が好きで機械が得意な男の子を探していて、私のことを思い出したようなんです。

アメリカで内定をもらっていたにもかかわらず、2万円と焼肉の思い出がフラッシュバックして、その場でやりますって返事しちゃったんですよ。笑

音楽業界をエンジョイ

その会社では、かなり自由にやらせてもらって、全国ツアーとか海外出張とか、本当に楽しかったですね。
楽しませてもらった分、恩返ししていかなきゃなと思っていたんです。

山本社長の話っこ(事業継承編)

突然の戻ってこい

当時、山本合名会社は叔父が経営をしていて、叔父の息子、つまり私のいとこが後継者として働いていたんです。
いとこは、酒造りを学び、後継者としての準備もしていましたし。
ところが、いとこが急死してしまい、社長の叔父も亡くなり、私の父親が社長になることになったんです。

父親は今まで工場長として、現場を見てきた人間で、経営にはノータッチ。売り上げも厳しくなっていきました。
親子間では、早いうち蔵を閉めようという話をしていたのですが、親族からは、東京にいる私を呼んでなんとかせてもらおうという話が出たんです。

ということで、急遽会社を辞めなければいけなくなった。
恩がある会社だったので、最後は土下座して、逃げるように辞めてきましたよ。

しかし、悪化する経営

帰ってきても苦しかったです。
売れ残っている酒を酒屋さんに持っていくのですが、付き合いでしょうがなく数本買ってくれるだけ。
こっちはメーカーなのに、酒屋さんから直接酒持ってきてと言われ、届けるような御用聞きの状態でした。
完全に酒屋さんが主導権を握って、価格も決められていました。

ブランド力も何もないなと。
これではまずいと思ったんです。

専門店への営業

安い寝台列車に乗って、サウナで着替えて、東京近辺の専門店に営業にも行きました。
はじめは相手にもされませんでしたが、何度も足を運ぶに連れて、話をしてもらえるようになり、日本酒の美味しいお店にも連れて行ってもらいました。
そこで、日本酒のことを教えてもらったんです。
でも、山本合名のお酒を買ってもらうことはなかったです。
だって、当時は品質が良くなかったんです。

専門店がまずい酒を仕入れて、お客さんに売ってしまうと、お客さんもほかのお店に行ってしまいます。
いくら人として認められても、そこから美味しくないお酒を仕入れることはできないですもんね。

質の向上

やっぱり、お酒をってもらうには、品質を上げるしかないんだって思ったんです。
そこで、杜氏さんを解雇して、自分たちで酒造りをすることにしたんです。
経営も悪くなるところまで悪くなっていたので、最後は自分たちで作ろうって。これでダメなら倒産だという勢いです。

それからは、素人による酒造りが始まりました。
秋田県の醸造試験場のサポートもあり、一から酒造りをスタートさせました。


私は、それまで酒造りを本当にしたことがなかったんです。
そこから出来た酒が「山本」です。

山本社長の話っこ(起死回生編)

「山本」の誕生

できた酒で、特に出来の良い樽のものを、能代市の天洋酒店さんにもっていきました。
うまいと言ってもらえたうえ、「山本」と名付けて売ることをアドバイスされたんです。
昔からある「白瀑」として作っていた酒だったのですが、「山本」として生まれ変わったことが、ブランドとして成功しました。

杜氏制を廃止して、新しいことに挑戦した山本合名会社が新たに生み出したお酒として、「山本」はわかりやすく、周りの人が応援してやろうという気持ちになったんだと思います。
それに美味しいことがなによりも大切です。

米作りをする酒蔵

酒に付加価値をつけるために米作りを自社でも行っています。
田植え、刈り取り、乾燥、精米まで全て自社で出来ます。

もともと刈り取りは人に頼んでいたのですが、平日はほかの仕事があり、休みである日曜しか作業ができない人だったため、日曜に雨が降ると刈り取りの時期がずれるんです。
ある年、3週間ずれてしまって、米が酒造りに向かないものになってしまったんです。
それなら自分たちで刈り取ろうということで、コンバインを買いました。

乾燥も、業者にお願いしていたのですが、酒造りに適した乾燥をするために、自社で機械を買いました。

止まらないアイディア

山本は黒いラベルに金の文字。
通称「黒ラベル」でした。


しかし、海外の人にとっては、漢字で山本としか書いていないと記憶に残らないんですよ。
そこで、「Pure Black(ピュアブラック)」と「yamamoto」という文字を入れました。

その後、青い山本も「Midnight Blue (ミッドナイトブルー)」として販売し、
黄色「Sunshine Yellow(サンシャインイエロー)」
赤色の「Strawberry Red (ストロベリーレッド)」
なども販売しました。

変わり種としては、青い日本酒の「ブルーハワイ」
なんてものもあります。

わざとダサいイラストを頼みました。
ダサいイラストなんて頼まれたことがないデザイナーは困っていましたよ。
ちなみに、右にいるのは私です。
デザイナーが勝手に書きました。笑

苦し紛れの「ど」

「ど」という商品もあります。
これは、給料を払えないくらい追い込まれていた時に、製造途中の酒を粗く絞って、どぶろく風にして、売ってしまって、いち早く現金を手に入れるために生まれた商品です。
ただ、最初はガスが想像以上に出てしまって、ふたを開けると爆発してしまうことが多発してしまったんです。
クレームの嵐で大変でした。
ただ、味はいいという声は届いていたので、なんとかガスの発生を抑えながら、おいしいものを作ってやろうという気になりました。
だいぶ改善しましたよ。
ただ、生産量は年々減らしてきています。

この商品の後に、「ど辛」という商品が生まれました。
山本合名会社唯一の辛口のお酒です。
辛口の日本酒はどうしても後味に苦味が生まれます。
それがおいしくなくて、辛口のお酒を求めるお客さんには、そのように説明していました。
そころが、いちいち説明するのが面倒くさくなってきて、それなら辛口のお酒を造ってしまおうということになったんです。

辛口だけど、後味がいいお酒、それが「ど辛」です。
日本酒度+15の超辛口です。


商品化するのは非常に渋ったんですが、辛口だと一目でわかる非常にわかりやすいネーミングと味が受けて、「ピュアブラック」に次ぐ、山本合名のヒット商品になりました。

真っ黒なお酒「ど黒」やキャッチコピー《大人のいちごミルク》「どPink」など、いろんな商品を出しましたよ。
ただ、「山本」と「ど辛」を作っていれば、経営が安定するくらいになってきたので、そういったシーズン物や変わり種は少しずつ減らしていっています。
かつてのファンからは、面白くないなんて言われますが。笑

商品開発のポイント

売れるものを作るには、
・ターゲット
・コンセプト
・価格
この3つをしっかり決めることが大切です。
これが頭の中でしっかり組み上がっていたら、実際に100%売れています。

巧みな営業

さまざまな商品を造り、注文が入るようになってきました。
そこで、売れ残りがないように見せるために、在庫がまだあるのに、わざと注文を閉めきるということもしました。

こちらで人気商品に仕立て上げたのです。
そうすると、翌年に酒屋さんからの注文の数が増えました。
駆け引きではないですが、こちらがそうなるように誘導したのです。

かつて、酒屋さん主導だったものが、形成逆転でメーカー主導になったんですね。

平成20年から売り上げは3倍以上になりました。
精米機、乾燥機などの大型の設備投資も何千万円とかけています。

販売する際心がけていること

・押し売りをしないこと
・予約で売り切ること
この二つを心がけるようにしています。

品質が悪い時に営業していて、仕方がなく数本買ってもらっていた時は、
これが全くできていなかったんです。
買ってもらえなくても仕方がないですよね。

今後の展開

あくまでも日本に売ることが最優先ですが、
海外にも輸出しています。
韓国から始まっていますが、今後は中国、台湾、シンガポール、香港、タイ、オーストラリアと進めていく予定です。

海外では、日本食が一般的になり、日本酒が高く売ることができます。
米とは違い規制が少なく、輸出がしやすいことも、ビジネスとしてメリットです。

設備投資もひと段落したので、今後5年10年とかけて、酒蔵や事務所の整備を進め、八峰町に来た人が立ち寄れる場所を作っていきたいですね。

まとめ

まだまだ書き足りませんが、山本社長の話っこをまとめさせてもらいました。

泥臭い営業

どんな酒を酒屋さんが売りたいと思っているのかを泥臭い営業で聞き出した山本社長。
軽やかなアイディアの源は、苦労した営業がある。

どこまでも品質追求

酒屋さんが売りたいもの、お客さんが買いたいものは品質の良いものだと気がついたら、そこに一直線。
杜氏による酒造りという、常識を打ち破り、素人による酒造りを始めた勇気とそれからの努力。
ひたむきなうまい酒への情熱が、今の売り上げにつながっている。

日本酒と八峰町のコラボに期待

山本社長が町に来る人を楽しませることに、情熱を注ぎ始めたら、どんなことが起きるか、楽しみで仕方がありません。

地方を元気にしている山本社長の力が若い人へ広まっていく。
そんな希望が持てる会となりました。

社長 ツイッターやってます。

社長のツイート面白いですよ。

秋田の山本ですが (@shirataki1901)さんの最新ツイート 世界遺産 白神山地の麓にあるハタハタで有名な港町で山本という銘柄の日本酒を造っています。 車とバイクに囲まれた世田谷ベース的な生活を楽しんでいます。 秋田県 人口7千人の八峰町

山本合名の蔵に来ないと買えないお酒あります。

【限定】山本合名会社 蔵に来た人しか買えない日本酒がある!
八峰町には、山本合名会社という、日本酒の蔵があります。 いままで、酒蔵ではお酒を販売していなかったようですが、昨年の夏から蔵に来た人だけが帰る限定品が出たようです。

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