『ぼくらが結婚式をつくるまで』1/5

シェアする

『ぼくらが結婚式をつくるまで』

スポンサーリンク

はじめに。

ぼくら夫婦は、2回手づくり結婚式を挙げました。1回目は、ぼくの秋田県にある実家の庭で親族だけを招待し小さな結婚式をし、2回目はお互いの友達60人くらいを招待して、千葉県にある貸農園付のおしゃれなコテージを貸切り、1泊2日で結婚パーティーを開催しました。SNSに結婚式の様子を載せるとたくさんのいいね!やコメントを付けてもらい、とても嬉しかったです。

どちらの結婚式もたくさんの人に手伝ってもらった手作りのアウトドアウェデイングです。本当にドタバタの結婚式でしたが、最高の思い出になっています。参加してもらった家族や友達からは「あんな結婚式は初めてで楽しかったよ」という褒め言葉をもらいました。

そして、終わってからは、こういうことをしたい人のお手伝いができないかなぁ、こういう結婚式を誰かしてくれて招待してくれないかなぁと思っています。

そこで、一組でも多くの夫婦が素敵な自分たちらしい結婚式を挙げてくれることを応援できればという思いで、ぼくらの結婚式のこと、自分たちで結婚式をつくるまでの話、結婚式をしてみてからの話をまとめてみました。

実家の庭での結婚式

2015年5月5日、秋田県の北西部に位置する八峰町でぼくらは1回目の結婚式を挙げました。八峰町は、ぼくが生まれ育った町で、日本海と山々に囲まれた自然豊かな場所です。高校を卒業し、都会へ出るために懸命に受検勉強をし、大阪の大学に進学しました。当時は、都会への憧れが強く、自分が生まれ育った田舎のことは、好きでも嫌いでもありませんでした。

念願かなって、地元を離れた僕は、毎年1度か2度だけ地元に帰省をしていました。帰省を繰り返すたびに、何もない田舎もいいものだなという思いを強く持つようになっていました。

そうしているうちに、結婚をし、どういうことか実家の庭で手作りの結婚式をすることになりました。その結婚式は、すべてが手作り。結婚式を手作りすることなんて、夫婦そろってもちろん初めてなので、準備から当日の運営まで、手探り状態でなんとかやり遂げたというのが正直な感想です。結婚式を手作りすることに驚きながらも賛成してくれた家族と、秋田まで足を運んで切れた親戚と、準備から運営を手伝ってくれた友達には今も大きな感謝の気持ちでいっぱいです。

ぼくらの結婚式がどんなものだったかを紹介します。結婚式のスタイルには、キリスト教式、神前式、人前式があります。今は神前式が主流になっているようですが、実家の近くには、教会がなく、ぼくらは当時千葉県に住んでいたため、ツテもありませんでした。もちろん、実家の庭は神社でもありませんので、ぼくらの結婚式は消去法で人前式ときまりました。

どんなスタイルの結婚式にも、必要なものがいくつかあります。まずは、衣装ですが、ウェディングドレスとタキシードをレンタルで用意することにし、司会はぼくの叔父に頼み、叔父のサポートを僕の甥にお願いしました。

会場のセッティングは、友人に手伝ってもらい、自宅や父の会社にあるイスやテーブルをかき集め、庭に並べました。司会者の式台にはテーブルクロスを引き、近くの山から当日の朝に採ってきた野花をイスやテーブルに括り付け、飾り付けました。ガーランドという、たくさんの三角形の布をロープにいくつも付けた飾りつけのアイテムを手作りし、実家の2階から、ゲストの席を飛び越え、反対側の父の事務所に渡しました。ただの庭も、花やガーランドなどのとてもかわいいアイテムによって、即席ではありますが、結婚式場に見えなくもないものに変わっていきました。

ここまで準備ができ、いよいよ本番です。ウェディングドレスを着なれていない新婦は、着付けに時間がかかり、予定していた開始時間には始めることができませんでした。着付けの手伝いをお願いされたお義母さんも着付けをするなんてもちろん初めてなので、仕方もありません。少し肌寒い秋田の5月でしたので、外にいるゲストは少し寒そうでしたが、どんな手作り結婚式が始まるのかを半分期待、半分不安な表情で待ってくれていました。その様子を会場横の控室として使った父の事務所の窓から眺めていました。

いよいよ着付けも終わり、司会へ開始の合図を送ります。新婦入場の合図をもらうと、新婦とお義母さんが手をつないで歩いていきます。ヒールの高い靴に慣れていない新婦は、よろよろと、何度かつまずくたびにゲストからはワッという心配の声と笑い声があがりました。初めからそんな調子だったので、ゲストも新郎新婦も肩の力が抜け、その場の空気が一気に柔らかくなった気がしました。おっちょこちょいの新婦のおかげです。

予定していた場所に何とかたどりつくと、次は新郎の入場です。タキシードがなんとも恥ずかしく、はにかみながらの入場となりました。

式の最中は、BGMを流していましたが、曲も自分たちで選び、曲を変えたりフェードアウトしたりするタイミングを紙にまとめ、手伝ってくれる友人にDJをお願いしました。

新郎新婦が位置につくと、初めに新郎からこの式の紹介をさせてもらいました。慣習にとらわれることなく、お世話になった人に立会人になってもらう結婚式をすることに決めたこと、今日この時間を温かく見守ってもらいたいことを伝えました。新婦の言葉の後には、甥に「どうかふたりを優しく見守ってあげてください。」と言ってもらいました。

次は、ブーケ・ブートニアの儀式です。新郎から新婦にブーケを渡し、プロポーズをしました。新婦は返事をし、ブートニアという一輪の花を新郎へ渡します。

儀式が終わると誓約式を行いました。新郎新婦が声を合わせ、自分たちの言葉で立会人のみなさんへ結婚の誓いの言葉を述べました。たった三文の短い言葉ですが、お世話になったみんなの前で言うことで、改めて結婚した事実を強く感じ、感極まる思いでした。新婦は泣き出してしまい言葉が震え、最後のほうは新郎一人での宣言になってしましましたが。

ここまでくると、式次第も半分が過ぎました。想定よりも進行がスムーズに進みすぎて、あまりにもあっけなく終わってしまうかなと思ってしまったほどです。

次は、姪にあることをお願いした、指輪の交換です。姪にお願いしたこととは、リングガールです。お義母さんに作ってもらったリングピローに指輪を入れ、姪に運んできてもらうことにしたのです。姪は、式が始まる前から緊張で顔がこわばっていましたが、大役をやり遂げることができました。指輪を大事に運ぶその様子は、その場にいるみんなを笑顔にしてくれました。

姪から指輪を受け取り、指輪の交換を済ませると、誓いのキスをしました。とても気恥ずかしかったのですが、結婚式には欠かせないものだと思い、式次第に入れました。

誓いのキスが終わると、立会人に結婚の承認として拍手をしていただきました。その拍手は、これから結婚生活をはじめる新米夫婦を優しくも力強く後押ししてくれるものでした。

最後に、新郎から皆さんに感謝の気持ちをあいさつさせてもらい、閉式の言葉で式を締めてもらいました。

式が終わると、結婚式ムードはおしまいです。地元の写真館にカメラマンをお願いしていたので、庭の中でも景色の良いところにみんなを移動させ、集合写真を撮ることにしました。なかなかみんなが移動してくれなかったので、式が終わったばかりだというのに、声を張り上げて誘導をする新郎の姿は少し滑稽だったかもしれません。日本海をバックに撮影した集合写真は、お世話になった人たちがみんな写っていて一生の思い出です。

式が終わると、ちょうどお昼時でしたので、庭でのランチを楽しみました。ランチには、母が準備してくれたおいなりさん、地元の山菜の天ぷらや魚料理が出されました。関東から来てくれた新婦側の親族は、秋田のおいしい食材に大満足です。友人もバーベキュー担当として、最後まで手伝ってくれました。

ランチがひと段落すると、会場を父の事務所に写し、手作りムービーの上映会を開催しました。新郎新婦が生まれてから、今までの写真を大好きな歌2曲分にまとめました。懐かしい写真も多く、思わず笑顔があふれる上映会となりました。

最後には、新郎新婦両方の家族が写った写真を自分たちで組み合わせ、1枚の写真にしたものとドライフラワーのリースを両親にプレゼントしました。木のフォトフレームに入れた写真の裏には、新郎新婦それぞれからのメッセージを書き込みました。

こうして、手作り結婚式は無事に終わり、友人たちに感謝の気持ちを込めて、貸切コテージで打ち上げをしたのでした。これがぼくらの初めての手作り結婚式です。とても小さくて、段取りも決して良いとは言えないドタバタの結婚式でしたが、ぼくらはもちろん大満足。出席してくれたゲストもぼくらの人柄がよく表れた結婚式だったと笑ってくれました。大変だった準備と本番を無事終えることができ、安心感と達成感がありました。


スポンサーリンク

シェアする